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富山地方裁判所 平成10年(ワ)76号 判決

富山県砺波市中野二二〇番地

原告

立山酒造株式会社

右代表者代表取締役

岡本巌

右訴訟代理人弁護士

鍛治富夫

右同

島谷武志

富山県婦負郡婦中町下井沢三九〇番地

被告

吉乃友酒造有限会社

右代表者代表取締役

吉田義寧

富山市東老田一一一八番地

被告

有限会社古川酒販

右代表者代表取締役

古川義昭

右両名訴訟代理人弁護士

青山嵩

右同

山本一三

主文

一  被告吉乃友酒造有限会社は、その製造する日本酒の容器、包装及びその広告に「立山の里」という表示を使用してはならない。

二  被告有限会社古川酒販は、その販売する日本酒の容器、包装及びその広告に「立山の里」という表示を使用してはならない。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は、「立山」という商標(以下「原告商標」という。)等を使用した日本酒を製造販売している原告が、「立山の里」という商標(以下「被告商標」という。)を使用した日本酒を製造販売している被告らに対して、被告商標は原告商標と類似し、被告商標を使用した日本酒を販売することは原告の製造販売する日本酒との混同を生じさせるとして、不正競争防止法に基づき被告商標の使用差止めを求めている事案である。

二  争いのない事実及び証拠により容易に認められる前提事実

1  当事者

(一) 原告は日本酒の製造販売を主な目的とする株式会社である。

(二) 被告吉乃友酒造有限会社は日本酒の製造販売を主な目的とする有限会社であり、被告有限会社古川酒販は酒類、食料品などの販売を主な目的とする有限会社である。

2(一)  原告は、江戸時代から、更に株式会社になってからも約九〇年間、日本酒の製造販売を行っている(甲一二)。

(二)  原告が製造している日本酒は、「連峰立山」、「銀嶺立山」、「酉印立山」、「純米吟醸立山」、「吟醸銀嶺立山」、「純米原酒」であり(甲一の一ないし六)、「銀嶺立山」は昭和一三年に、原告商標(「立山」)は昭和三三年にそれぞれ商標登録されている(甲二の一、二)。

(三)  原告の出荷概数は、平成八年が六三七〇キロリットル、平成九年が六四〇〇キロリットルであり、平成九年は全国で二八位である(甲三)。また、原告の富山県内卸売業者出荷状況は、平成五年が四八七〇キロリットル、平成六年が五〇八六キロリットル、平成七年が五〇五五キロリットル、平成八年が五三〇三キロリットル、平成九年が五二九七キロリットルである(甲四)。さらに、原告の平成九年の年間課税移出数量は約六三八六キロリットルであり、富山県内の年間課税移出総数量の約四一パーセントを占めており、富山県内の酒造業者の中では最大である(甲五)。

(四)  原告が平成七年ないし平成九年に行った広告宣伝は別紙記載のとおりである(甲六の一ないし三、甲七)。

3  被告らは、平成一〇年一月二〇日ころから被告商標を使用した純米特選と本醸造の二種類の日本酒の製造販売を開始した(甲一一の一、二、甲一二)。

三  争点

1  原告商標の周知性の有無

(原告の主張)

原告商標を使用した日本酒が戦前から現在までの長きにわたり原告の製造販売する日本酒であることは、業界においてはもちろん、消費者の間でも、そして、富山県内においてはもちろん、全国的にも、広く認識されている。

とりわけ、現在においては、原告の製造販売する日本酒の販売実績や広告宣伝、更に原告の製造販売する主力商品が県内メーカーの製造販売する商品よりも一〇〇円高く設定されているにもかかわらず最も販売量が多いことからも明らかなように、原告の製造販売する日本酒は、「立山」ブランドとして富山県内で最高の清酒であると評価され、全国においてもその旨広く浸透するとともに高く評価されている。

(被告らの主張)

争う。

2  原告商標と被告商標との類似性及び混同を生じるおそれの有無

(原告の主張)

(一) 商品商標の類似性を判断するについては、取引の実情の下において、取引者又は需要者が、両者の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのを相当とする。

(1) 外観

外観の判断において、表示中に自他識別力の強い部分すなわち要部とそうでない部分がある場合に、要部が共通するときは、一般に類似性があるとされている。そして、原告の製造販売する日本酒と被告らの製造販売する日本酒のラベルにおいてはともに、「立山」の文字が大きく印刷されており、文字の主要部をなしている。

また、被告らの製造販売する日本酒の二枚の表ラベルにはともに立山の絵が描かれ、更に裏ラベルにも海越しに望む立山連峰の写真が使用されており、これらの絵や写真は「里」をイメージするものではなく、「立山」をイメージするものである。さらに、被告らの製造販売する日本酒の裏ラベルにある説明文には、「県の東方にそびえる三〇〇〇メートル級の峰々を通称立山と呼び、その雄大な景観立山」などと書かれて、「立山」の文字が六回使用されており、立山を売り物にした商品コピーとなっている。

以上からすると、被告商標においては、外観上、「立山」の文字が強調されており、原告商標との混同のおそれは甚だしいといえる。

(2) 称呼

称呼の判断においても要部が共通するときは一般に類似性があるとされている。そして、被告商標においては、称呼上、「立山」が要部であることからすると、原告商標と被告商標とは類似している。

(3) 観念

立山には立山の里という具体的、現実的な場所はない上、「里」という語は漠然とした用語であることからすると、被告商標においては、観念上、「立山」が要部である。

被告らは、原告商標が山岳を意味するのに対し、被告商標は富山県の象徴である立山の裾野に広がる広大な里をイメージしたものであると主張するが、右主張自体から明らかなように、観念においては、「立山」が主要なイメージであり、また、裾野とは山麓が遠く延びてゆるやかな斜面をなすところを意味するものであり、典型的には富士山のような円錐状成層火山にあてはまる概念であるところ、右概念は弥陀ヶ原と平野部との間に約一〇〇〇メートルの段差のある立山には該当しないことからすると、被告商標から立山の裾野に広がる広大な里をイメージすることはできず、観念においては、「立山」が主要なイメージであるといわざるを得ない。

以上からすると、原告商標と被告商標とは明らかに類似する。

(二) なお、被告らは、立山は富山県及び富山県民の財産であり、様々な商品に使用されているのであって、被告らによる使用も許される旨主張する。

しかしながら、本件では、原告と同一業種における商標の類似性が問題となるのであって、「立山」が他業種において広く使用されていることは本件とは無関係である。

(三) 原告商標を使用した日本酒は、富山県内においてはもとより全国においても原告の製造販売する日本酒であることが広く認識されていることからすると、被告らが原告商標と極めて類似した被告商標を使用した日本酒を製造販売することは、消費者に原告の製造販売する日本酒であるとの混同を生じさせるおそれがある。

(被告らの主張)

(一) 商品表示の類似性を判断するについては、取引の実情の下において、取引者又は需要者が、両者の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのを相当とする。

したがって、商品表示の類似性の判断においては、単に文字面のみではなく、文字を印刷したラベル、更にこれを貼付した商品を比較する必要がある。

これを本件についてみると、原告の製造販売する日本酒と被告らの製造販売する日本酒とでは、ラベルを見れば別の商品であることは明らかであり、酒類取扱者及び消費者は両者を詳細に比較して原告の製造販売する日本酒と被告らの製造販売する日本酒とを区別することができる。

しかも、被告らの製造販売する日本酒には商品を解説する裏ラベルが貼付されている上、被告らの製造販売する日本酒のうち純米特選はすべて緑色の瓶に入れられている。

よって、取引の実情の下においては、原告の製造販売する日本酒と被告らの製造販売する日本酒との間には明らかに類似性はない。

(二) 北アルプス立山連山は、富山県民共通の財産であり、富山県の象徴であって、会社、商店等の事業所に「立山」を冠したものは数え切れないほど多数に上り、その事業範囲も、観光、土木事業、運送、みそ醤油醸造、コンタクトレンズやコンパニオン派遣に至るまで、あらゆる業種に及んでいるといっても過言ではなく、「立山」は一般的名称となっている。

そして、一般的名称による商品表示の場合には、安易に類似性を認めれば従前の使用者に当該一般的名称の独占的使用権を容認する不当な結果となることから、若干の周知性のあるものでも類似性の判断については厳格になされるべきである。

これを本件についてみると、原告商標と被告商標とでは、確かに二文字は共通であるが、原告商標が山岳を意味しているのに対して、被告商標は立山の見える平地、すなわち人が住み、生活するところを意味しており、通常人の感覚によれば両者を区別することは容易であって、混同の可能性は極めて乏しいと評価されるべきである。

3  営業上の利益の侵害のおそれの有無

(原告の主張)

被告らは、平成一〇年一月二〇日から本格的に被告商標を使用した純米特選と本醸造の二種類の日本酒を販売する旨新聞で報道された。

原告商標を使用した日本酒は、富山県内においてはもとより全国においても原告の製造販売する日本酒であることが広く認識されていることからすると、原告商標と極めて類似した被告商標を使用した日本酒を製造販売することは、消費者に原告の製造販売する日本酒であるとの混同を生じさせるなど、原告の営業上の利益を著しく毀損するおそれがある。

(被告らの主張)

争う。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(原告商標の周知性の有無)について

原告が相当長期間にわたって日本酒を製造販売していること、原告が製造販売する原告商標を使用した日本酒は、平成九年の出荷概数は全国で二八位であり、平成五年ないし平成九年の富山県内卸売業者出荷状況は相当量に上り、平成九年の年間課税移出数量は富山県全体の約四一パーセントを占め、富山県内の酒造業者の中では最大であること、原告が平成七年ないし平成九年にかけて少なくとも富山県内において新聞、雑誌及びテレビを通じて相当量の広告宣伝を行っていることは、いずれも前記争いのない事実及び証拠により容易に認められる前提事実のとおりであり、右各事実に証拠(甲一五ないし三五)を総合すると、原告商標は、原告商品を示す表示として広く認識されて周知性を有し、少なくとも富山県内においては著名となっていると認められる。

被告らは立山は一般的名称であると主張し、なるほど立山は立山連峰に由来する名称であるが、前記認定のとおり、原告が長期間にわたり、「立山」の名称を原告が製造販売する日本酒に独占的に使用してきたことにより、原告商標は原告商品を表す自他商品識別機能を具備するに至ったものというべきである。

二  争点2(原告商標と被告商標との類似性及び混同を生じるおそれの有無)について

1  ある商品表示が不正競争防止法二条一項一号にいう他人の商品表示と類似するものであるか否かを判断するに当たっては、取引の実情の下において、取引者、需要者が、両者の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当である。

2  被告商標の「立山の里」のうち、「里」は普通名詞であり、かつ、立山の里と呼ばれる特定の場所は実際には存在しないことからすると、被告商標の要部は「立山」であると認められる。

そうすると、原告商標と被告商標の要部とは、称呼において同一であり、外観も書体は異なるものの漢字であり類似すると認められる。

さらに、原告商標と被告商標の観念について検討すると、確かに、言葉の意味としては、原告商標は立山という山自体を意味し、被告商標は立山という山のふもとを意味している。しかしながら、被告らの製造販売する日本酒の二枚の表ラベルにはともに立山の絵が描かれ、裏ラベルにも海越しに望む立山連峰の写真が使用されていること、被告らの製造販売する日本酒の裏ラベルの説明文には「立山」の文字が六回も使用されており、「立山」が強調されていること(甲一一の一、二、乙二の一、二、乙一二、一三、一四の一、二)からすると、被告商標も立山自体を連想させ、原告商標と被告商標とは、観念においても類似のものとして受け取られるおそれがあるものと認められる。

以上からすると、原告商標と被告商標とは類似すると認められる。乙一〇(意見書)は採用できない。

3  被告らは、原告の製造販売する日本酒と被告らの製造販売する日本酒とを比較すれば、それらを互いに区別することができ混同しないから、原告商標と被告商標とは類似しない旨主張する。そして、被告らは、原告商品と被告商品とは瓶ラベルの図柄及び色彩の違い、裏ラベルの違い、瓶の色の違い、価格の違いを主張するが、消費者は「立山」の表示に注目して購入するものと認められるし、また、原告においては前記のとおり「連峰立山」、「銀嶺立山」、「酉印立山」、「純米吟醸立山」、「吟醸銀嶺立山」と「立山」の表示の種々の商品を製造販売しており、被告商標を付した日本酒は姉妹品あるいはシリーズ商品との混同を生ぜしめる可能性もあり、前記の相違も類似であることを否定するものではない。

また、被告らは、「立山」は一般的名称であり、一般的名称による商品表示の場合には、若干の周知性のあるものでも類似性については厳格に判断すべきである旨主張する。しかしながら、前記一で認定のとおり、原告商標は、当初は一般的名称であったものの、自他識別機能を具備し、原告商品を示す表示として周知となり、しかも、富山県内においては著名であると認められるから、被告らの主張は、その前提を欠いており、採用できない。

4  そして、前記のとおり、原告商標が、周知で、少なくとも富山県内において著名となっており、原告商標と被告商標とが類似すると認められることからすると、被告らが被告商標を使用した日本酒を製造販売することによって、取引者及び需要者が右日本酒を原告が製造販売する日本酒であると誤信する蓋然性が高いということができ、混同を生じるおそれがあると認められる。

三  争点3(営業上の利益の侵害のおそれの有無)について

そして、被告らが原告商標に類似した被告商標を使用して日本酒を製造販売し、原告の製造販売する日本酒と誤認混同を生ぜしめるおそれのある行為を継続する以上、特段の事情のない限り、原告にはこのことにより営業上の利益を侵害されるおそれがあるというべきである。

四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由がある。

(裁判長裁判官 徳永幸藏 裁判官 源孝治 裁判官 村上泰彦)

別紙

平成7年

(新聞)

広告媒体名 出稿段数(年間) 出稿段数(年間)

朝日新聞

読売新聞 138段 17回(内25段3回連載)

北日本新聞 90段 4回(内25段3回連載)

富山新聞 80段 4回(内25段3回連載)

日経新聞 61段 14回

* 一面全部広告で15段

(雑誌)

広告媒体名 備考

マリクレール 毎月1回

(テレビ)

広告媒体名 広告秒数 備考

北日本放送

富山テレビ 毎週 60秒 毎週 120秒 H7.9より

チューリップテレビ

平成8年

(新聞)

広告媒体名 出稿段数(年間) 出稿段数(年間)

朝日新聞

読売新聞 166段 20回(内25段3回連載)

北日本新聞 90段 4回(内25段3回連載)

富山新聞 半5段 4回(内25段3回連載)

日経新聞 51段 13回

* 一面全部広告で15段

(雑誌)

広告媒体名 備考

マリクレール 毎月1回

(テレビ)

広告媒体名 広告秒数 備考

北日本放送

富山テレビ 毎週 120秒 毎週 60秒 H8.7より

チューリップテレビ

平成9年

(新聞)

広告媒体名 出稿段数(年間) 出稿段数(年間)

朝日新聞 110段 7回

読売新聞 130段 13回(内25段3回連載)

北日本新聞 90段 4回(内25段3回連載)

富山新聞 80段 4回(内25段3回連載)

日経新聞 24段 4回

* 一面全部広告で15段

(雑誌)

広告媒体名 備考

マリクレール 毎月1回

(テレビ)

広告媒体名 広告秒数 備考

北日本放送 毎週 120秒 H9.3より

富山テレビ 毎週 60秒

チューリップテレビ

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